心つむぐ詩

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陽気ぐらしにピッタリな体

西川とみ江

賑町分教会会長夫人

 
11年前、大阪で布教をしていた夫と結婚し、現在4人の子供をお与えいただいています。

 

以前、私の膝の上で絵本を読んでい 当時1歳の長男が、いきなり絵本 を振り上げ、その角が私の右目を直撃 しました。私は幼いころから右目が弱視のため、右からくる物に対する反応 が遅くなってしまいます。当たったのがまぶたならよかったのですが、絵本 は直接、眼球に当たりました。

 

痛くて痛くてどうしようもなく、翌日眼科を受診しました。角膜に傷はついていましたが視力に影響はなく、 点眼薬の投与で症状は良くなっていき ました。そのときの正直な気持ちは 「また右目か・・・・・・」でした。

 

私の右目の視力は0・01程度ですが 視界は十分にあり、日常生活に何の支障もありません。そのためかえって、 両目で見ることができるありがたさが 薄れていたのだと思いました。しかし、その後も右目が痛むことがあり、点眼 薬をもらっては、その場をしのいでいました。

 

そしていまから4年前、夫の4代会長就任奉告祭を直前に控えたある日の 夜、右目が急に激しく痛みだしました。 まばたきするのも痛く、真っ赤に充血して涙が止まりません。 眼科を受診すると、長い間放置した逆まつげで角膜が弱り、少しの衝撃でも傷がついてしまう状態とのことでした。
「目は見て喜ぶところ。見るものを喜べていなかったのかな……」。「眼うるおいはくにとこたちのみことのお働き。心のうるおいが足りていない姿を見せてくださっているのかな・・・・・・」 と、 いろいろ思案を巡らせました。そんななか、上級教会の当時の会長さんから、 「奉告祭は代が替わるということ。目 は水のお働き。水は男の理。男の人 (夫)を立てて通ることを意識したらいいんじゃないか」というお話を聞かせていただきました。私自身、納得するところがあり、いままで通りではいけない、会長となった夫をもっと立てようと心が定まりました。
その後、右目に保護用のコンタクトレンズを入れることで痛みは取れましたが、何度も同じ所を痛めてでも分かってほしいという親心を思うと、申し訳なくて、ありがたくて、まだまだ親 の思いに届かない自分がもどかしくてたまりませんでした。

 

それから1年が経ったころ、再び右目を激痛が襲いました。 充血がひどく、 光がまぶしく、 涙が止まりません。まぶたに物が触れるだけでも痛く、点眼薬をさしても保護用のコンタクトレン ズを入れても効果がありませんでした。 ほかに処置のしようもなく、いままで 以上に神様におすがりするしか手だてはないと思いました。

 

そんなとき夫が、「これは夫婦二人 に見せていただいてることだから、一 緒に心定めをしよう。そのために、ま ずは目の身上に対する神様のおさしづ を読んでみよう」と勧めてくれました。 拝読すると、目の身上のおさしづは、 ほとんどが「先案じ」に対するもので した。自分では楽観的な性格だと思っていましたが、知らずしらずのうちに 先を案じていたのだと反省しました。 そして、以前から感じていた前生のい んねんを、もっと深く自覚しなければいけないと思ったのです。 私の右目は生まれてすぐ、赤ん坊の ときから身上を頂いていました。それを思うと、今生だけでなく前生までに 積んできた姿なのだと深く感じるとこ ろがあり、心からさんげさせていただ きました。そして、やはり目は見て喜ぶ道具ですから、喜べないことが起きたとき、それを不足で終わらせるので はなく、「時間がかかっても、後で必ず喜びに変えさせていただきます」と、 親神様にお誓い申し上げました。

 


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すると不思議なことに、徐々に充血が引き、 痛みも治まっていきました。 状態が良くなってきたので受診せず にいると、眼科から電話があり、「先生が心配していらっしゃるので、一度、 診せに来てください」とのことでした。 「傷が良くなってるね。不思議としか 言いようがない」。医師の言葉を聞いたとき、神様の自由のご守護に感謝の気持ちが溢れました。

 

この体は神様からお借りしています。 私が陽気ぐらししやすいように、一番 ピッタリな体を貸していただき、あり がとうございます。 どこまでも、たすけたいという親心に溢れたお導きに応 えられるよう、日々、教祖の道具衆である自覚を持って、にをいがけに歩かせていただきます。

 

※この記事は『みちのとも』38〜39pを転記しています。